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奈良ティブ選挙

    最近耳にするようになった、ナラティブ(narrative)という言葉は、客観ではなく語り手の視点が中心、対話や状況によって紡ぎ直されていく、事実そのものより感情移入や共感を生み出す物語を指すらしいね。     私はてっきり、奈良出身の政治家が話す、奈良の鹿が外国人に蹴られた話が、SNSで見た→撤回するわけにはいかない→私自身の目撃談と、 次第に紡ぎ直されていく逸話そのものなので、そこから「奈良ティブ」って造語が作られたのかと思っていたけど、ちゃんとした英語だったのね…     そんな奈良出身の政治家こと、高市早苗首相が、「今円安だから悪いって言われるけれども、輸出産業にとっては大チャンス。」「円安でもっと助かってるのが、外為特会っていうのがあるんですが、これの運用、今ホクホク状態です。」「だから国内投資をもっと増やしたい。そう思ってます。」という発言をしたそうな。     それが本当なら、日本という国家にとって良いことずくめだねぇ。ということは私たちにとっても良いことずくめだろうか?     いやいや、これは政策説明というより、「今は苦しいけれど実は大丈夫だ」という安心を与えるための物語だ。客観的事実ではなく、感情移入や共感を得ることを目的とした、奈良ティブだよ。     輸出産業は、本当にそんなに儲かっているかな?日本は、輸入した原材料を加工して輸出する事が多いから、円安下では原材料費が高くて、案外と薄利多売になってしまっているのではないか。そして、輸出している大企業は儲かっていても、そこに部品なりを納めている中小企業は、原材料費の高騰をなかなか価格に転嫁できずに苦しんでいるのではないだろうか。輸出大企業の業績だけで景気は測れない。     円安で儲かった企業が国内投資するといっても、人手不足を補うプランは無く、外国人の労働市場への門戸を広げるという話は、むしろ逆行している。     また、円安で外為特会がホクホクなどと、円安インフレに苦しんでいる国民に向かって、よくそれが言えるものだと、呆れるのを一周して感心してしまう。     外為特会でホクホクと感じるなら、物価高による消費税...

選挙に負けたくらいで、高市サンは首相を辞めっこ無いよ

    みんな、騙されちゃだめだよ。高市氏は、今度の選挙で自民党と維新が過半数を取れなくても、首相を辞めることはないから。   背水の陣と見せかけているけど、あれは票を稼ぐための演技にすぎないと私は確信している。現状で過半数超えている上に支持率が高いわけだから、背水の陣どころか、過半数超えのハードルは低いと、高をくくっているはずだ。     辞めるわけがないのは、総務大臣時代を思い出せば分かる。     問題の文書が本物なら辞任する旨を自分で口にしておきながら、いざ本物らしいとなるとゴネにゴネて辞めなかった。     旧統一教会の、いわゆるTM文書に名前が出た時も同じだ。出所不明だと決めつけ、説明責任すら回避し続けている。それどころか、衆議院解散の本当の理由もTM文書に関する高市自身への国会質問を回避するためとすらまことしやかに囁かれている。     そんな人物が、選挙で過半数を割った程度で首相を辞めるはずがない。     ここで思い出されるのが、高市氏がことあるごとに持ち出す安倍晋三元首相の「これまでのお約束とは異なる新たなる判断」発言だ。     公約を破ることに何の躊躇もない、あの政治手法を高市氏は踏襲するだろう。     おそらく国民民主党あたりを与党に引き込み、理屈をこねて「曲がりなりにも、与党で過半数は維持している」と言い出すだろう。     自身の言葉よりも民意よりも、我欲の優先。その延長線上に、高市 続投はある。     嘘だと思うなら、今度の選挙は自民党への投票を止めてみて。自・維で過半数を超えてしまったら、私の説が証明されないからさ。

「そんなことより解散」で、国民そっちのけ〜

   高市氏が衆院解散の理由を発表したね。    どんな内容になるのかとドキドキしたけれど、期待感を煽ろうとしているだけで、中身は何にも無かった。単なる広報だ。     どう理由を付けた所で、支持率の高いうちに選挙に勝って、衆議院の議席数で過半数を得たいというだけの大義なき解散だということは誰しもが知っていることだけど。     政治空白を作らないために解散から投票日までを最短になんてことを言っているけど、政治空白は安倍内閣後期からこっち6〜7年に渡り続いているのだ。政治空白というより、政策空転と呼ぶべきかもしれない。     安倍内閣は、中期頃までは国民・国会での説明を避けつつ閣議決定という問題のある手法ながら政策を動かしてはいた。しかし、後期となると、少子化問題、労働者不足問題、低賃金問題、社会保障、財政再建等々、ほぼ何も決まらないまま、データを改ざんして誤魔化したりと政治空白が起こっていた。     菅内閣は、新型コロナの対応で手一杯で同情すべき所はあるが、次の岸首となると、検討、丁寧な議論、聞く力などという言葉が並ぶばかりで何も進まない政治空白。続く石破内閣も、何もし内閣と揶揄されるほどにスピード感が無かった事は記憶に新しい。     そして高市内閣。前の石破内閣が野党に押し切られて実施が決まっていたガソリン減税を自分の手柄にする厚顔ぶりを発揮したものの、実は就任から3カ月、ほぼ何も決めていない。決めたと言えば、防衛費積み増しの財源としての、所得税の1%増税くらいのものだ。内閣が交代する度に総裁選挙で、政治空白がさらにずるずると引き延ばされている。     つまり、自民党はずっと政治空白を作り続けているわけ。    この先、さらに政治空白が続くなんて冗談じゃないよな。     言っておくけど、政権交代じゃなくてずっと自民党政権だからね。高市氏は、前の政権の事は知らんなんて顔してるけど、ずっと自民党空白政権の要職にあった人であり、政治空白の責任ありありな自民党の現状トップな訳だ。そして、国民の信任を得ていないからとさらに空白期間を伸ばす。安倍内閣が終わったのが202...

『オールドメディアと呼ばれて』焦りが読売報道を歪めていないか

    読売新聞の「国会初日冒頭での衆議院解散」報道が、世間を浮き足立たせている。     だが、本当にそうなのか。 そうした疑問符が、私の中では消えない。     読売新聞といえば、記憶に新しいのが「石破首相辞任」をめぐる一件だ。     あの誤報記事は、単なる取材ミスだったのか。それとも、石破退陣という流れを作り出すための工作だったのか。     私個人としては、後者ではなかったのかという疑念を拭えずにいる。 その読売新聞が、今度は衆議院解散報道を先行させている。     首相本人から明確な発言はない、官邸からも確定的な説明はないというのはありがちな事ではあるが、「解散」という言葉だけが一人歩きし、政界も世論もその前提で動き始めている。     もしこれが「早期解散をすべきだ」という社としての主張であるなら、それは論説として正当だろう。 だがそうではなく、解散が既定事実であるかのような空気を先に作り出し、首相や政界が後戻りできない状況を生むための記事だとしたら、それは報道ではなく、政治介入に近い行為ではないか。     近年、YouTubeやTikTokなどのSNSでは、事実確認よりも「空気」や「既成事実」を先に作る情報が氾濫している。     今回の読売の報道が、結果としてそれと同じ機能を果たしているとすれば、新聞が自らの役割を見失いつつあるとしか思えない。     事実を伝える報道と、根拠の薄い情報を元に現実を操ろうとするデマとの境界線が、いまどこに引かれているのか、しっかり確認する必要がある。     近年、新聞やテレビはSNSに対して「オールドメディア」と呼ばれるようになった。     その呼称に対する焦りが、こうした先走った報道を生んでいるのだとすれば、問題は深い。     YouTubeなどの政治動画で再生数を稼ぎ収益を上げるための手法に、新聞が引きずられてよいはずがない。     新聞に求められているのは、バズることでも、空気を先取りすることでもない。丁寧な取材と裏付けを重ね...

重要機密スマホ紛失を「悪用された形跡はない」で、済ませたい日本の悪癖

     原子力規制庁の職員が、中国の空港で機密情報を含むスマートフォンを紛失したという報道があった。     報道によれば、職員は私用で上海を訪れ、手荷物検査の際に端末を預けたところ、スマートフォンが行方不明になったという。しかも、紛失に気づいたのは3日後だという。     この事件は単なる落とし物では済まされない。国家の安全に直結する情報を扱う端末を、危険性を想定せず海外に持ち出し、空港の検査場で預けるという運用ルールの甘さと危機管理意識の欠如が露呈したのである。 「悪用された形跡はない」と弁明しているが、紛失した端末が中国政府の管理下にある可能性を否定できるものではない。身内を庇いたい心理と想定の甘さが混ざれば、被害は拡大しかねない。     歴史を振り返ると、同じ構図があった。第二次世界大戦中、日本海軍は南西太平洋防衛のための重要作戦計画書「Zプラン」を策定した。しかし、作戦責任者の移動中の事故で計画書を収めた鞄が海に落下し、敵に奪われる可能性が生じた。幸い後に回収はされたものの、これ自体が米軍の罠で、わざと作戦計画書を日本軍の手に戻るように仕組んだのだ。     嗚呼、重要な作戦が敵に漏れずに回収できて万々歳と、日本軍関係者は小躍りした事だろう。もちろん作戦計画書の内容は米軍の手でをしっかり記録・分析されていた。     身内庇いと甘い想定が戦局に影響し、マリアナ沖海戦での大敗北の一因となった。     しかも、この件に留まらず、当時の日本の暗号はすでに解読され、作戦内容は連合軍に筒抜けだったことにも、当局は気づかない能天気ぶりだったのである。     Zプランの時代、国民に対しては治安維持法による厳しい取り締まりが敷かれていた一方、国家の中枢部では機密管理の意識や想定が甘く、身内庇いが横行していた。     現代でも同様の構図が見える。 スパイ防止法制定に前のめりになり、国民を縛ろうとする一方で、政府自身の国家機密の扱いは、今回明らかになったように杜撰なのだ。     もし、今回紛失したスマートフォンが無事に戻ってきたとしても安心してはいけない。Zプ...

アメリカのベネズエラ攻撃に見る、思考を奪う文法とアルゴリズム

    SNSを眺めていると、ある種の言い回しが、思考を一瞬で止める役割を果たしている場面に、割と頻繁に出会う。     最近目についたのは、アメリカによるベネズエラへの攻撃を正当化するSNS上の記事だった。あえて国際法違反を軽視する一文が加えられているものや、デマ画像を使ったものがある。     例えば、マドゥロ大統領の捕縛を喜ぶベネズエラ国民とされる画像が実はサッカーを応援する人々のものだったり、「国際法なんちゃら…」といった一言で重要な論点を思考の外へ追いやったり。 そんな軽率な記事であるにもかかわらず、賛同を示す返信が多数ぶら下がっている。     安易な記事に安易に飛びつく、思考停止を思わせる現象だ。     さらに言えば、SNSを通じた海外からの情報操作が取り沙汰されている昨今、海外発のデマ画像を流用している点では、外国からのSNSを通じた世論工作に乗せられた人々と言うこともできる。あるいはそれらの中に、日本国内でアメリカに有利な世論形成工作の意図を持つ発信が混じっていないと、誰が断言できるだろうか。     外国からのSNSを通じた世論工作というと、多くの人はロシアや中国を警戒する。だが、アメリカ寄りの言説は無意識に信用してしまう心理的な落とし穴がある。 「民主主義の国だから」 「関係の近しい国だから」 その思い込みが、検証を省略させる。     アメリカによるベネズエラ攻撃を正当化する記事に、たちまち多数の同意がぶら下がる現象は、その危うさを象徴している。     そして、重要なのはベネズエラの事例そのものではなくて、「考えを奪う文法」と「拡散を最適化するアルゴリズム」が組み合わさったとき、私たちの思考は容易に誘導されるという事実だ。 ■「そんなことより…」が思考を止める 「国際法違反ではないのか」 「議会での承認はあったのか」 こうした問いが出た瞬間に、 「そんなことより…」 「それ、あなたの感想ですよね」 と切り返す言葉が投げられる。     これは反論ではない。 論点を消去する文法だ。     以前書いた「論破より合意形成へ、時間をかけて話し合おう」...

論破より合意形成へ、時間をかけて話し合おう

    私たちはいつから、結論を急ぐようになったのだろう。     そして、結論を急ぐことを「賢さ」や「効率」と取り違えるようになったのだろう。という事について、結論を急がずに、ゆっくり考えてみたい。     Twitter(現X)では、140字で刺さる言葉が評価される。また、YouTubeなどでのショート動画では、数秒で「わかった気にさせる」語りが拡散される。     そこでは、前提条件も、立場の違いも、迷いも削ぎ落とされ、「結論」だけが独り歩きする。     私自身も例外ではない。     前回の記事に書いたが、ラジオでのキャスターによる自転車ユーザーに関する発言を聞いたとき、その浅慮に対して、私は即座に怒りの140字をTwitter(現X)に投稿した。     制度設計の問題や、無意識のマイノリティ殴りという構造の共有をはかる手間を端折り、「これはおかしい」という結論だけを先に叩きつけてしまった。     また、日常に目を向ければ、話をまとめるのが得意ではない妻に対して、「結論から先に言って」と促してしまう自分がいる。     自分自身の過去を遠く振り返ってみると、学生の頃の私は、議論というよりは対話、本人の中から答えを導き出させるような話し合いを比較的得意としていた気がする。お互いが学生であれば、対話するための時間に比較的ゆとりがあった。そして私は、その頃自分の生き方の指針にしようとしていたソクラテスの対話法に、知らず知らずかぶれていたこともあったのかもしれないが。     当時と比較すると、今の自分は、随分と結論を急いでいる。    相手の思考の過程を待つよりも、要点だけを早く知りたいという焦り。     それは無意識のうちに、対話を省略する態度でもある。     こうした「結論先行」は、一見すると合理的だ。     だが、合理性の名の下に失われているものがある。     それが、合意形成に必要な手間と時間だ。     論破は気持ちがいい。勝ち...