少子化は本当に“悪”なのか?まず自分自身に問いかける

    出生数が70万人を割り込んだ。
   「重く受け止める」「粘り強く取り組む」と繰り返すのみの政府には不信感を募らさざるを得ないが、少子化は本当に悪なのか? まずは、自分自身に問いかけるところから始めてみたい。
    理性で考えれば、少子化=国家の破綻という単純な図式は成立しない。AIや外国人労働者の導入によって、労働力不足や税収減に対応する道もある。
   むしろ「国民数を維持すること」が善であるという考えは、国家主義的な価値観に根ざしたものだ。
    子どもを持つことを望まない人にまで「産め」と迫る社会のほうが、よほど不健全ではないだろうか。
   だが一方で、感情のレベルでは、私は少子化をやはり「寂しい」「このままでいいとは思えない」と感じる。自分が日本という文化圏に属しているという感覚が、将来ぼやけていくのではないか、気がついたら隣人はAIと外国人ばかりかもという不安。それは理屈では説明しきれないが、確かに私の中にある。
    私は日本史ファンだが、未来にタイムリープしたとして、日本史の本を読んでみたら、22世紀を境に、日本史を彩る人々が、みな外国人になっていたとしたら、やはり寂しく感じる。
    問題は、この「もやっとした不安」につけ込むような形で、政治が、少子化対策を口実に税金の流し口を作り出している点だ。とりわけ、こども家庭庁の存在は象徴的だ。理念より予算ありき。保育所整備や手当制度は一見まっとうでも、その裏には政治家、官僚、業者が結びつく利権構造が温存されている。誤解を恐れずに言うなら、少子化対策利権という税金中抜きの蛇口と化している。
    本気で少子化に向き合うなら、まず「子どもを育てることが幸せだと思える社会」に近づく努力が要る。ところが実際には、専業主婦を事実上、制度的に許さないような社会保障設計、労働市場の形成など、逆方向の政策が多い。
    もはや少子化そのものより、それを口実にした利権の構築こそが悪なのではないか。
    少子化が悪かどうか、これは人によって立場も感じ方も違うだろう。
    だがはっきりしているのは、税金を「未来の子ども」のためではなく、「今の大人」の財布に横流しする仕組み」は明白な悪であり、断じて許されるべきではないということだ。

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