再エネを原発の当て馬にする黒歴史、またも

    日本政府が、メガソーラーを念頭に置いた再生可能エネルギーへの優遇措置を見直すという。理由として挙げられるのは、太陽光パネルの低価格化や、一部メガソーラーによる環境破壊だという。
    しかし、この説明を聞いて、私は強い既視感を覚えた。
    これは初めての話ではない。
かつてのサンシャイン計画、ニューサンシャイン計画でも、日本は再生可能エネルギーを「育てる対象」としてではなく、原子力発電を正当化するための比較対象、つまり当て馬として扱ってきた。期待を煽り、予算をつけ、制度設計が不十分なまま問題が表面化すると、「やはり原発しかない」という結論に回収される。その繰り返しである。
    今回も構図は同じだ。
    確かに、無秩序に設置された一部のメガソーラーが環境破壊を引き起こしている例はある。しかしそれは、再生可能エネルギーそのものの欠陥ではない。立地規制、景観配慮、森林保全、地域合意といった制度設計の不備が原因だ。本来問われるべきは、なぜそれを放置してきたのか、という政治と行政の責任である。
    ところが議論は巧妙にすり替えられる。
「メガソーラーは環境に悪い」
「再エネはもう安くなったのだから支援は不要だ」
    こうして再エネ全体が一括りにされ、切り捨ての対象になる。一方で、原発事故は「特殊な事例」「想定外」「不運な重なり」として扱われ、原発というシステム全体のリスクには含められない。
    しかし世界に目を向ければ、状況はまったく違う。
世界の再生可能エネルギー発電容量は年々拡大を続け、近年新たに増設される発電設備の9割以上が再エネだ。太陽光と風力は電力供給の中核に成長し、再エネ比率は世界全体で3割前後に達している。
   注目すべきは、原発を保有・推進している国々でさえ、再エネの拡大に本気で取り組んでいる点だ。フランス、イギリス、アメリカはいずれも原発を維持しつつ、太陽光・風力・蓄電への投資を同時に進めている。原発か再エネか、という二者択一ではなく、再エネを軸にしながら多様な電源を組み合わせるのが世界の常識になっている。
    さらに忘れてはならないのは、日本自身がかつて太陽光発電で世界の先頭に立っていたという事実だ。2000年代、シャープをはじめとする日本企業は太陽光パネルの世界シェアを握り、技術力でも価格競争力でも優位にあった。ところが政府は、その段階で補助金を打ち切り、市場の成長を途中で止めてしまった。結果として主導権は中国や欧州勢に移った。もし当時、長期的に市場を育てる視点があれば、日本企業は今も世界シェアを維持していたかもしれない。シャープの凋落も、まったく別の歴史を辿っていた可能性がある。
    この経緯を見れば、「再エネは育たなかった」のではない。
育てる前に、政府自ら梯子を外したのである。
    再エネを原発の当て馬として使い捨てるやり方は、短期的には既存の体制を守るかもしれない。しかし長期的には、日本の産業競争力と政策判断の質を確実に蝕んできた。そしてその黒歴史が、また繰り返されようとしている。
    これは環境思想の話ではない。
技術論でも、イデオロギーでもない。
    未来を育てる意思が、政策にあるのかどうかという、極めて現実的な問題なのだ。
    そしてこの構図は、エネルギー政策に限った話ではない。
大の虫を生かし小の虫を殺す悪癖は、別の分野でも繰り返し現れているのだ。

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