重要機密スマホ紛失を「悪用された形跡はない」で、済ませたい日本の悪癖
原子力規制庁の職員が、中国の空港で機密情報を含むスマートフォンを紛失したという報道があった。
報道によれば、職員は私用で上海を訪れ、手荷物検査の際に端末を預けたところ、スマートフォンが行方不明になったという。しかも、紛失に気づいたのは3日後だという。
この事件は単なる落とし物では済まされない。国家の安全に直結する情報を扱う端末を、危険性を想定せず海外に持ち出し、空港の検査場で預けるという運用ルールの甘さと危機管理意識の欠如が露呈したのである。
「悪用された形跡はない」と弁明しているが、紛失した端末が中国政府の管理下にある可能性を否定できるものではない。身内を庇いたい心理と想定の甘さが混ざれば、被害は拡大しかねない。
歴史を振り返ると、同じ構図があった。第二次世界大戦中、日本海軍は南西太平洋防衛のための重要作戦計画書「Zプラン」を策定した。しかし、作戦責任者の移動中の事故で計画書を収めた鞄が海に落下し、敵に奪われる可能性が生じた。幸い後に回収はされたものの、これ自体が米軍の罠で、わざと作戦計画書を日本軍の手に戻るように仕組んだのだ。
嗚呼、重要な作戦が敵に漏れずに回収できて万々歳と、日本軍関係者は小躍りした事だろう。もちろん作戦計画書の内容は米軍の手でをしっかり記録・分析されていた。
身内庇いと甘い想定が戦局に影響し、マリアナ沖海戦での大敗北の一因となった。
しかも、この件に留まらず、当時の日本の暗号はすでに解読され、作戦内容は連合軍に筒抜けだったことにも、当局は気づかない能天気ぶりだったのである。
Zプランの時代、国民に対しては治安維持法による厳しい取り締まりが敷かれていた一方、国家の中枢部では機密管理の意識や想定が甘く、身内庇いが横行していた。
現代でも同様の構図が見える。
スパイ防止法制定に前のめりになり、国民を縛ろうとする一方で、政府自身の国家機密の扱いは、今回明らかになったように杜撰なのだ。
もし、今回紛失したスマートフォンが無事に戻ってきたとしても安心してはいけない。Zプランと同じく、その中身は筒抜けになっているだろうことは想像に難くない。
国民も政府も歴史から学ばなければ、同じ失敗を繰り返すことになる。
この事件は、単なる「紛失」や「手続きの不手際」にとどまらない。国家の安全保障と情報管理の根幹に関わる問題であり、政府はまず自らの機密管理ルールと危険シナリオの見直しを急ぐべきである。
実は、根本には、政府に関わる者には性善説、国民に対しては性悪説で対応する政府関係者の鼻持ちならない傲慢な思想が存在している。優秀な官僚と低劣な国民という優越意識だ。
例を挙げるならば、郵政公社が民間会社の日本郵便となったとき、何があったか。公務員は宣誓しているから不正を行わなかったが、民間人は不正を行わない保証が無いから、郵便認証士という資格を設けるというものである。昨日まで、公務員であったものが、その身分を失った途端に信用できない民間人に変わるという歪んだエリート思想がそこに窺える。
さらに言えば、紛失したスマートフォンが悪用された形跡は無いという楽観的な発表と、大河原化工機の不正輸出冤罪事件の執拗陰惨無理筋な見立てを比較すれば、官僚優越意識と民間蔑視の落差が可視化される。大河原化工機冤罪事件の担当検事なんて、未だに自らの誤りを認めていない凝り固まり方だしね。
エリートと賤民という歪んだ考えを改めない限り、政府関係者の失敗を無かったことにする庇い合いは無くならないし、想定の甘さも変わらない。
歴史は繰り返す。
今回の失態は、現代日本に対する痛烈な警告なのである。