皇室典範改定に見る、自民党の二枚舌
今日の国会における与党の「議論の進め方」には、強い憤りを禁じ得ない。
与党は、選択的夫婦別姓は「国民の議論が熟していない」と棚上げにする一方で、国民的な議論が盛り上がっているとは言えない「国旗損壊罪」の早期制定には執念を燃やす。 この時点で「国民の議論」という言葉が都合のいい言い訳に使われていることがわかる。
さらに露骨なのが皇位継承問題についての使い分けだ。「皇族減少への危機感」は共通しているはずなのに、アプローチが完全にねじれている。
民間として生きてきた旧宮家から養子を迎えるための現行法の改定(皇室典範の変更)を「急務だ」と進める。一方で、世論の8割が賛成する「愛子さまの即位(皇室典範における女性天皇容認)」に対しては、「現行法があるからあり得ない」と突っぱねる。「ルールを変えてできるようにする」と「ルールだからできない」を同じ皇室典範の中で、同時並行で語る矛盾。与党の望む結論先にありきなのが明白なダブルスタンダードだ。
歴史を振り返れば、男系の後継者が定まらない緊急事態には、危機を回避する中継ぎとして女性天皇が登場し、皇位を守ってきた。
歴史的実績もあり、国民からの期待も大きい「女性天皇容認」という素真面目な選択肢を排除し、歴史上類を見ない「元皇族からの養子」という奇策に固執する理由はどこにあるのか。
急ぎ対応するなら、女性天皇容認の皇室典範改定が先であるべきなのだ。
奇策を用いるべきかこそ、国民のコンセンサスを得ながら熟議を重ねていくべき事項だ。そうは、思いませんか?
正直に言えば、近代民主主義が掲げる「人権」や「人はみな平等」という原則に照らせば、天皇制の世襲には割り切れないものを感じるし、一方で歴史的にセーフティの役割を果たしてきたことを思えば賛成の視点も持つ。
さらに天皇制という制度ではなく「皇室」として見れば、そこにおられる方々の尊い行動に敬意を覚え、情が湧くのは割と自然のことだ。
だからこそ、余計に今の与党の姿勢が許せない。彼らから伝わってくるのは、歴史への敬意でも、皇室の方々への配慮でもない。ただ自分たちの思うように操れる皇室にしたい、という身勝手な思惑だけではないか。
国家の根幹や個人の尊厳に関わる法案において、政治家がルール(法律)の解釈を都合よく使い分ける不誠実さ。この「二枚舌」に対し、私たちは制度へのスタンスを超えて、怒ろうぜ。