物価対策最優先の嘘と弱者搾取システム
大企業の「満額回答」の裏で、お預けを食らう人々
ここのところメディアでは、「大企業の過去最高益」「春闘での満額回答」と、まるで日本経済が復活したかのようなニュースが連日報じられている。少し前まで「物価高を上回る賃金を」と言い続けてきた政府や財界からすれば、状況は好転していると言いたいのだろう。
しかしその景気浮揚ムードの陰で、最低賃金の引き上げ目標がひっそりと先送りされた事実は、あまり報じられていない。
前政権が掲げていた「2020年代に全国平均1500円」という目標を、現政権は「2030年代前半へ」とあっさり先送りした。日本の最低賃金は、現状でも先進国中で最低の部類にある。それをおよそ5年も後ろ倒しにするというのだ。
政府は「中小企業の経営環境に配慮した」と言い訳する。賃金アップの負担に耐えられない中小企業を守るため、というのがその大義名分。 だが、これは実体経済の病巣から目を背けた明白な失政だ。
私たちが直視すべきは、今の経済構造が、立場の弱い非正規労働者と中小企業を犠牲にして、大企業の見せかけの繁栄を演出している、歪んだ「搾取の構造」そのものだからだ。
便乗値上げの大企業と、価格転嫁させてもらえない下請け
なぜ、大企業はこれほど過去最高益を叩き出し、華々しい賃上げができるのか。その原資の正体は、圧倒的な優越的地位の乱用にある。
多くの大企業は、原材料費やエネルギーコストの上昇を理由に、自社製品やサービスを次々と値上げした。
消費者が度重なる値上げニュースに感覚を麻痺させていく中で、企業側にとっては躊躇のない価格改定がしやすい環境が整った。コスト増加分以上に利幅を乗せた「便乗値上げ」を行ったからこその過去最高益であることは、想像に難くない。
問題は、その果実が川下に全く流れてこないことだ。
大企業は、製品の製造やサービスを実質的に支えている下請け・孫請けの中小企業に対しては、コスト上昇分の「価格転嫁」を頑なに拒絶し、買い叩きを続けている。コストをすべて中小企業に押し付け、自分たちだけが価格改定の果実を独占する。
このアンフェアな歪みこそが、日本の格差拡大の元凶である。
物価高に乗じた値上げによって、大企業は潤沢な賃上げ原資を手に入れた。一方で、コストを押し付けられた中小企業には、従業員の賃金を上げたくてもその原資がどこにもない。
結果として、大企業と中小企業、そしてそこで働く労働者間の格差は、開く一方の構造になっている。
墓場から蘇る「ワンオペ」という名の非正規の血汗
さらにグロテスクなのは、大企業や大手資本の内部でも、正社員の待遇改善のために非正規労働者が「人身御供」にされている現実だ。ある大手飲食チェーンの現場で起きている実話を紹介したい。
その企業は、深刻な労働力不足の中で優秀な正社員を確保するため、他社に負けないよう初任給を大きく引き上げた。しかし、原材料高で支出が膨らむ中、会社全体での人件費予算はできるだけ圧縮したい。
そこで考えたのが、現場を支える非正規労働者の労働時間の削減だった。
これまで2人で回していた時間帯を、業務量に関わらず強引に1人に減らす。物価高に苦しんでいるのは会社だけではない、非正規労働者も同じなのに、彼らはシフトを削られて強制的な減収に追い込まれた。
他方、現場に残るもう1人の労働者は、時給は据え置きのまま、客数が多くなる早朝のピークタイムに、2人分の業務を1人でこなす、過酷なワンオペを強いられる。
飲食店チェーンの早朝ワンオペをめぐっては、数年前に深夜・早朝のワンオペ勤務中にスタッフが倒れ、死亡した痛ましい事故をきっかけに、過重労働や防犯・救急対応の遅れにつながるとして激しい社会の批判に晒された。
それから時が経ち、世間の厳しい目が逸れたと踏むや否や、企業は正社員の賃上げを実現するための生贄として、再び非正規労働者に過酷なワンオペ、あるいは減収を押し付け始めたのだ。極めて不条理な二極化である。
「持てる者」の視点でしか語らないマスコミの罪
このような現場の地獄を放置したまま、日銀が利上げの手を少しでも進めようとすると、マスコミは一斉に「住宅ローン金利上昇で家計が破綻する!」と大騒ぎを始める。ここに、この国の世論誘導の深い欺瞞がある。
「住宅ローン金利が上がって困る」というのは、裏を返せば、銀行から何千万円もの融資を受け、審査に通り、マイホームを購入できた「持てる者」の悩みに過ぎない。
最低賃金の引き上げを命綱とし、日々の食費の数十円の値上げに悲鳴を上げている非正規労働者にとって、住宅ローンなど最初から関係のない話だ。
彼らにとって一刻も早く解決すべきは、円安を是正し、日々の生活を直撃している物価高の是正そのものである。
しかし、平均年収が世間一般より遥かに高いマスコミの人間たちは、自分たちの財布の痛みを国民全体の悲鳴であるかのようにすり替える。結果として、本当に救うべき困窮層の物価を下げてくれという声は不可視化されやすく、利上げの弊害ばかりがクローズアップされる。
「富裕層と大企業」だけを潤す補助金ビジネスの真実
この強者の理屈が最も露骨に表れているのが、政府の進める各種補助金政策だ。
エコカー補助金や、住宅の省エネ・太陽光発電の補助金。一見すると環境に配慮した素晴らしい政策に思える。しかし、よく考えてみてほしい。車を買えない人、家を買えない人は、そもそもこれらの恩恵を受けられない。
その一方で、補助金の原資は、車も家も買えない困窮層が日々の食費から支払っている消費税など、すべての国民から集めた税金だ。
つまり、税金による支援を最も切実に必要としている層から金を吸い上げ、ある程度お金に余裕があって新車やマイホームを買える富裕層・中間層と、それを売って儲かる大企業へと税金を還流させているのだ。
これに対して、買えないのは自己責任だという意見もあるだろう。しかし、曲がりなりにも住宅や車を所有し、これらの制度の恩恵に与ることのできる私から見ても、この構造はあまりに不条理で、自分は得するからと手放しに喜べるものではない。我が国の補助金制度は、持たざる者を踏み台にして持てる者を肥え太らせる搾取のシステムに見える。
大企業が下請けを叩き、非正規を買い叩いて過去最高益を上げる構造と、家や車を買える者のために持たざる者の税金がつぎ込まれる補助金の構造。これらは同じ思想から生まれた双子の兄弟だ。
「3カ月でで5000円」のまやかし、最大の物価対策は賃上げに尽きる
政府は今、電気・ガス料金代を「一家庭あたり3カ月で5000円程度」補助するという小手先の物価高対策を打ち出し、国民の批判をかわそうとしている。
しかし、一人あたりに直せばひと月数百円程度の一過性の補助金をもらったところで焼け石に水だ。
政府は物価高を最優先政策課題に掲げるが、最低賃金引き上げの先延ばしは、その方針と完全に矛盾している。多くの人の可処分所得を上げる最低賃金の引き上げからは逃げ出し、一部の企業と持てる者だけが潤う構造を維持する。これこそが、この国の経済政策の本質であり、冷酷な棄民政策だ。
政府が今すぐ成すべきは、最低賃金1500円の目標を先送りして時間稼ぎをすることではない。
大企業による下請けいじめや不当な買い叩きを厳格に規制し、適切な価格転嫁を法的に義務付けること。そして中小企業が人件費の原資を確保できる環境を作った上で、最低賃金をガツンと引き上げることだ。
小手先のエネルギー料金補助でごまかしてはならない。この国に必要な最大の物価高対策は、働くすべての人の賃金を上げる構造を作ること。今やれる最良の物価高対策は、これに尽きる。
物価高に多くの国民が苦しむのをよそに、国旗損壊罪だの皇室典範だの副首都構想だのを国会で喧々囂々やってる場合か!